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東京高等裁判所 昭和36年(ラ)31号 決定

事実

本件不動産は抗告人高坂秋男が六年以前に建築した八十万円の価値ある家屋であるが、営業不振のため抗告人は被担保債権が弁済できず、ために相手方によつて僅か十二万千七百円で競落された。競落代金の支払期日は昭和三十五年十二月十九日と指定されたので、抗告人は死物狂いで金員を調え漸く同月十八日に至り抵当権者たる後藤慶広に競売手続費用は勿論被担保債権元利損害金共全部支払い、裁判所に対し即日競売手続開始決定に対する異議を申し立てたが、その際競落代金は同年同月十六日に完納せられたことを知つた。しかしながら、右事件については配当手続期日は未指定であつたので、抗告人は右異議申立を撤回しないでいたところ、同月二十六日却下された。

一方相手方は、同年同月二十六日付引渡命令により、昭和三十六年一月十七日本件家屋の内階下四畳半一室の一部執行をなし、次回は期日未定であるが近日中に執行されるものと考えられる。そこで抗告人は右引渡命令に対する異議を申し立てたところ、競落代金が完納せられた限り、配当手続の完結すると否とを問わず事件は完結したものであり、従つて相手方が所有権を取得したことに基く引渡命令は適法であるとして、昭和三十六年一月十九日に右異議申立は却下された。しかしながら、大審院決定にもあるとおり、配当手続が完了せぬ限り異議申立は実益があり、有効であるから、右却下決定は不当である。

理由

抵当権実行による不動産競売手続において、競落許可決定が確定し、競落代金が支払われた場合においては、競落人は競落不動産の所有権を取得し、その引渡を求めることができることは、競売法第三十二条、第三十三条、民事訴訟法第六百八十七条の規定に徴して明らかであるから、原裁判所が抗告人に対し本件不動産の引渡命令を発したのは正当であり、抗告人の異議申立は理由がない。

抗告人は、「抗告人は昭和三十五年十二月十八日抵当権者に対し、債務全額を弁済したから右不動産引渡命令は取り消されるべきである」と主張するけれども、競落人が競落代金を支払つた場合には、これによつて右不動産の所有権が競落人に移転すると共に、右不動産上の抵当権は消滅し、競売手続は完結するのであるから、たとえその後において債務者が抵当権実行の基本となつていた債務の弁済をしたとしても、それは抵当債権者との間において不当利得の問題の生ずることのあるのは格別、これによつてさきに完結した競売手続の効力には何ら影響のあるものではない。このような解釈は、債務者が任意に債務の履行をしない場合において、国家が強制的にその債権の目的を実現する制度を維持する限り、当然容認されなければならないものであつて、これがため債務者の任意弁済が妨害されるという所論は理由がない。

また抗告人は、「強制競売と任意競売とにより、競落人に対し競落不動産の所有権が移転する時期が相違し、強制競売の場合には競落人が不動産の所有権を取得した後においても債務者は債務を弁済すれば右不動産の所有権を回復することができるのに、任意競売の場合においては、競落人が所有権を取得した以後は、債務者は債務を弁済してもその所有権を回復することができないが、かかる差別的な取扱をすることは憲法第十四条に違反するものである。」と主張するけれども、強制競売と任意競売とにより競落人が競落不動産の所有権を取得する時期に相違の存するのは、両競売手続の制度上の差異に基因するものであつて、個々の債務者を差別して取り扱う趣旨ではないから、これを以て憲法第十四条に違反するという所論の当らないのは勿論、本件の場合のように、競落人が競落代金を支払つた場合においては、競落不動産の所有権は確定的に競落人に移転し、債務者は、債務を弁済してもその不動産の所有権を回復するに由ないものであることは、両者何れの場合においても同様であつて、その間に差異はないから、所論の理由のないことは明白である。

よつて本件抗告は理由がない。

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